うちのヤバい事情 プロローグ
1
磯野家は、苗字のせいもあって平凡な家庭と思われがちだが、五人ともに、家族に言えない秘密がある。
2
朝ごはんの風景だ。家は4LDKの、ファミリー向けマンション。
まずキッチンに、父親がいる。
彼の仕事は、母親よりも早く起きて朝食を作ることだ。祖父や、娘や息子より早い必要はないが、母よりは早くなくてはならない。
起きてきたら、みんなのために扇風機を付ける。皿洗いも急いで始めた。
昨夜、寝る前にはすべて綺麗に洗っておいたはずだが、スプーンと、茶色い液体の入ったコップが水にさらされていたからだ。娘が起きてきて、ひそかにココアでも飲んだのだろうか。夏なのに?
それから、鍋を火にかける。炊き上がっている米を茶碗によそい、遅れて、温まった鍋の味噌汁もつぐ。これは、寒がりな祖父のぶんだ。
残る三人は、パン派だ。母と娘と、息子のぶん。
トースターに入れて焼いたものを、それぞれの皿によそう。別皿の小鉢に、ピンクグレ-プフルーツと、デラウェアを載せる。
自分のぶんは後回しだ。
3
そうしている間に、もう祖父は白米の匂いをかぎつけて、食卓に座り、食べ始めている。
「親父、みんなが揃ってからにしなよ」
と父親は言うが、祖父は答えない。
祖父は祖母に先立たれてから、祖父はずいぶんと無口になった。もう何年も前ではあるが、ショックが尾を引いているのか、人が変わってしまったようだ。
朝は早く、普段は五時台、たまに四時台のときもある。身体の調子がいいのか悪いのかわからない、と家族からは思われている。
4
続いて、だだだっと勢いを付けて、母親が寝室から走ってくる。
「おはよー」と、ロングヘアを手櫛でわっしゃわっしゃと梳いている。
「おはよ。理佐、今日は?」と父が訊く。
「ジャム。イチゴのほう」
「そういえば、朝起きたとき、枕もとでスマホ鳴ってたよ。メッセージ受信が何回か連続で」
「ああ、広告メールかな」
「ブロックしたって言ってなかったっけ?」
「あー、最近のは手が込んでね、クライアントを変えようかな」
続いて、高校生の娘と、小六の息子もやってくる。
「おはよう」と父が声をかける。
「グッモー」と息子は奇妙な挨拶を返すが、娘は無視だ。
娘はパンに何もつけない、息子はバターとはちみつがたっぷり、と決まっている。
5
皿を差し出しながら、父が娘をうかがう。娘は、ぶつぶつと独り言を言っている。
父が、よくないと思いつつも耳をそばだてると、「心残り」「協力して」「会いたい」というワードが聞こえてくる。電話でも持っているのなら、恋人と話しているのだろうと思えるが、父はそわそわして、声をかける。
「おい、架純(かすみ)」
しかし、やはり無視だ。ひとり言に集中し、聞こえていない様子でさえあった。
「なあ架純、最近困っていることとかないか」
「……ん、なに急に」
と娘は不快そうに父を見る。
「だから、悩み事とか」
「ないよ、いきなりどういう質問なの?」
娘は勢いよく、パンをかじる。
「架純、最近うちのWi-Fi重いんだけど、使用量増えた?」母が言う。
「あ、ごめん、気をつける」
母には、どうも素直なところがある。父はばつが悪そうに頬をかき、いそいそと自分のパンも焼く。遅れて食卓につくと、「いただきます」と小さく手を合わせる。
6
一方の息子は、買い与えられたばかりのスマートフォンで遊んでいて、食事の手が進んでいない。
「おい八尋(やひろ)、食事中はゲームはやめなさい」
「うーん」
と言うだけで、目と手はいまだ画面に釘付けだ。
息子は、普段は父に対しても聞きわけのいい子なので、あれ? と思う。
「八尋」
と、母が言う。
「あ、うん。ごめん」
父は思わず、ため息を吐く。
まあ娘も息子も、母親の言うことだけでも聞いてくれればいいか、と自分を納得させる。
7
家族四人があーだこーだと言いながら朝食を囲んでいる間に、祖父はひとり早々に食べ終えて席を立つ。
洗面所で歯をがしがしと乱暴に磨く音がする。ぺっと吐いたかと思えば、リビングに部屋干ししてあった洗濯物の中から、ポケットのたくさんついたベストを羽織り、玄関へ向かう。
「親父、どこ行くの」
「散歩」
いつもの会話だ。祖父が目的地を行ったためしはない。
「携帯は持ったね?」
「ああ」
「日が暮れるまでには帰ってよ」
祖父は、ふん、と鼻を鳴らす。
全員が食事を終え、父が食卓の片付けをしていると、
「私も」
「わたしも。お父さん、邪魔」
と母と娘も身支度を済ませて、横を通り過ぎる。
「二人とも、忘れ物ないね?」
「ないない」
「血縁くらいかな」
父は苦笑する。
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「はーい」
「はいはい」
リビングから廊下に顔を出し、玄関の方へ手を振るエプロン姿の父の脇を、ランドセル姿の息子が遅れて通る。
「お、八尋も、行ってらっしゃい。今日もコウガくんたちと遊んでくるのか?」
息子は一瞬言い淀んでから、愛想笑いのように微笑む。
「まあね」
玄関のドアを開けてやり、小さなランドセル姿を見送る。
嵐が去った静けさを感じてから、ようやく父は一息つき、ドアを閉める。
8
この中に、超能力者、霊能力者、未来視能力者、元殺し屋、スパイがいる。
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