河端ジュン一が、お仕事以外で作った小説などを載せています。

うちのヤバい事情 プロローグ

2021年7月2日  2021年8月13日 

 磯野家は、苗字のせいもあって平凡な家庭と思われがちだが、五人ともに、家族に言えない秘密がある。


 朝ごはんの風景だ。家は4LDKの、ファミリー向けマンション。

 まずキッチンに、父親がいる。

 彼の仕事は、母親よりも早く起きて朝食を作ることだ。祖父や、娘や息子より早い必要はないが、母よりは早くなくてはならない。

 起きてきたら、みんなのために扇風機を付ける。皿洗いも急いで始めた。

 昨夜、寝る前にはすべて綺麗に洗っておいたはずだが、スプーンと、茶色い液体の入ったコップが水にさらされていたからだ。娘が起きてきて、ひそかにココアでも飲んだのだろうか。夏なのに?

 それから、鍋を火にかける。炊き上がっている米を茶碗によそい、遅れて、温まった鍋の味噌汁もつぐ。これは、寒がりな祖父のぶんだ。

 残る三人は、パン派だ。母と娘と、息子のぶん。

 トースターに入れて焼いたものを、それぞれの皿によそう。別皿の小鉢に、ピンクグレ-プフルーツと、デラウェアを載せる。

 自分のぶんは後回しだ。

 

 そうしている間に、もう祖父は白米の匂いをかぎつけて、食卓に座り、食べ始めている。

「親父、みんなが揃ってからにしなよ」

 と父親は言うが、祖父は答えない。

 祖父は祖母に先立たれてから、祖父はずいぶんと無口になった。もう何年も前ではあるが、ショックが尾を引いているのか、人が変わってしまったようだ。

 朝は早く、普段は五時台、たまに四時台のときもある。身体の調子がいいのか悪いのかわからない、と家族からは思われている。



 続いて、だだだっと勢いを付けて、母親が寝室から走ってくる。

「おはよー」と、ロングヘアを手櫛でわっしゃわっしゃと梳いている。

「おはよ。理佐、今日は?」と父が訊く。

「ジャム。イチゴのほう」

「そういえば、朝起きたとき、枕もとでスマホ鳴ってたよ。メッセージ受信が何回か連続で」

「ああ、広告メールかな」

「ブロックしたって言ってなかったっけ?」

「あー、最近のは手が込んでね、クライアントを変えようかな」

 続いて、高校生の娘と、小六の息子もやってくる。

「おはよう」と父が声をかける。

「グッモー」と息子は奇妙な挨拶を返すが、娘は無視だ。

 娘はパンに何もつけない、息子はバターとはちみつがたっぷり、と決まっている。



 皿を差し出しながら、父が娘をうかがう。娘は、ぶつぶつと独り言を言っている。

 父が、よくないと思いつつも耳をそばだてると、「心残り」「協力して」「会いたい」というワードが聞こえてくる。電話でも持っているのなら、恋人と話しているのだろうと思えるが、父はそわそわして、声をかける。

「おい、架純(かすみ)」

 しかし、やはり無視だ。ひとり言に集中し、聞こえていない様子でさえあった。

「なあ架純、最近困っていることとかないか」

「……ん、なに急に」

 と娘は不快そうに父を見る。

「だから、悩み事とか」

「ないよ、いきなりどういう質問なの?」

 娘は勢いよく、パンをかじる。

「架純、最近うちのWi-Fi重いんだけど、使用量増えた?」母が言う。

「あ、ごめん、気をつける」

 母には、どうも素直なところがある。父はばつが悪そうに頬をかき、いそいそと自分のパンも焼く。遅れて食卓につくと、「いただきます」と小さく手を合わせる。


 一方の息子は、買い与えられたばかりのスマートフォンで遊んでいて、食事の手が進んでいない。

「おい八尋(やひろ)、食事中はゲームはやめなさい」

「うーん」

 と言うだけで、目と手はいまだ画面に釘付けだ。

 息子は、普段は父に対しても聞きわけのいい子なので、あれ? と思う。

「八尋」

 と、母が言う。

「あ、うん。ごめん」

 父は思わず、ため息を吐く。

 まあ娘も息子も、母親の言うことだけでも聞いてくれればいいか、と自分を納得させる。


 家族四人があーだこーだと言いながら朝食を囲んでいる間に、祖父はひとり早々に食べ終えて席を立つ。

 洗面所で歯をがしがしと乱暴に磨く音がする。ぺっと吐いたかと思えば、リビングに部屋干ししてあった洗濯物の中から、ポケットのたくさんついたベストを羽織り、玄関へ向かう。

「親父、どこ行くの」

「散歩」

 いつもの会話だ。祖父が目的地を行ったためしはない。

「携帯は持ったね?」

「ああ」

「日が暮れるまでには帰ってよ」

 祖父は、ふん、と鼻を鳴らす。

 全員が食事を終え、父が食卓の片付けをしていると、

「私も」

「わたしも。お父さん、邪魔」

 と母と娘も身支度を済ませて、横を通り過ぎる。

「二人とも、忘れ物ないね?」

「ないない」

「血縁くらいかな」

 父は苦笑する。

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

「はーい」

「はいはい」

 リビングから廊下に顔を出し、玄関の方へ手を振るエプロン姿の父の脇を、ランドセル姿の息子が遅れて通る。

「お、八尋も、行ってらっしゃい。今日もコウガくんたちと遊んでくるのか?」

 息子は一瞬言い淀んでから、愛想笑いのように微笑む。

「まあね」

 玄関のドアを開けてやり、小さなランドセル姿を見送る。

 嵐が去った静けさを感じてから、ようやく父は一息つき、ドアを閉める。

  

 この中に、超能力者、霊能力者、未来視能力者、元殺し屋、スパイがいる。


>次話

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