河端ジュン一が、お仕事以外で作った小説などを載せています。

うちのヤバい事情 case1 父・幹夫 

2021年8月13日  2021年8月23日 
プロローグ< 「おはようございます、磯野さん」  家族を見送ったあと、脱水の済んでいた洗濯物をベランダに干し、財布と鍵とエコバッグ二つとを掴んで家を出て鍵を閉めたところで、エレベーターホールへと続く廊下を挟んだ、隣の九〇二号室から出てきた鵜飼氏に、声をかけられた。 「おはようございます」と一礼を返す。  九〇二号室の間取りは三LDKだが、鵜飼氏の暮らしぶりを見るに、男の独り暮らしだった。かといって彼にお気楽な明るさは感じられず、どちらかというと暗く、疲れ、細り、乾き、摩擦で毛羽だった雑巾のような印象を受ける。五十代前半のはずだが、還暦を超えて見える。 「毎朝、…

顔を描けない美大生の話(完結)

2021年8月3日  2021年8月7日 
「今回の課題のテーマが何だったか、答えてもらえるかしら、宇和島みづきさん」 「人物画です」 「そのとおり。まじめなきみが間違えるはずはないよね」 「把握はしています」 「ではどうして、こうなったの」 「こう、と言いますと」 「顔がないじゃない」  私はしぶしぶ、見たくもないキャンバスに目を向ける。タイトルは『母』。文字通り、私の母の写真をもとに描き起こした人物画だ。  アルキド樹脂絵具で描かれた発色のいいネルシャツにまず目がいく。ペイルトーンの抽象的な背景も悪くない。だが、顔がない。目、鼻、口、耳、髪の一本さえ描かれていない。安価のマネキンみたいな楕円と、目鼻の位置…
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